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東京高等裁判所 昭和28年(う)1170号 判決 1953年8月07日

控訴人 被告人 赤池昭子

弁護人 鈴木常吉

検察官 横川陽五郎

主文

原判決を破棄する。

本件を松本簡易裁判所に差し戻す。

理由

論旨は原判決は「被告人は判示場所でパチンコ営業をしているものであるが、判示期間、判示の如き行為をなし、以て著しく射幸心をそそる行為をした」ものと認定し、風俗営業取締法第三条、第七条第二項、風俗営業取締法施行条例(昭和二十三年九月八日長野県条例第八十一号)第十八条を適用処断したのであるが、右営業は被告人の先夫清治が昭和二十六年六月十四日長野県公安委員会の許可を受け、同人名義で営業をしてきたところ、被告人は同年十二月二十八日右清治と協議上の離婚をしたため、同人は右営業の廃業届をしないで長野県諏訪郡諏訪町の実家に戻つたまま昭和二十七年七月に至つたもので、被告人としては何等右営業の許可を受けたものでなく、従つて原判示の如くパチンコの営業者ではないから、原判決は事実の認定を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄すべきであると主張する。仍て按ずるに風俗営業取締法(以下単に法という)は風俗営業の規整をなし、これが取締を期し、以て善良なる風俗を害する行為を防止することを目的とするものであつて、その第一条において風俗営業の定義を掲げ、第二条第一項においては同法所定の風俗営業を営もうとするものは、当該都道府県が条例で定めるところにより公安委員会の許可を受けなければならないものとし、これに違反した者に対しては法第七条第一項により処罰すべきことを規定し、無許可営業は絶対にこれを許さない趣旨であることが明らかである。従つて法第三条に基いて長野県が定めた昭和二十三年九月長野県条例第八十一号風俗営業取締法施行条例(以下単に条例という)第十八条もまた法第二条第一項に基いて許可を受けた営業者に対し適用すべきこと論を俟たないものといわなければならないのみならず条例第十八条の営業者とは法第二条第一項により許可を受けた者を指す趣旨であることは条例第四条第一項の文意に徴しても明らかである。然るに記録を調査すると、被告人が原判示期間その場所で原判示の場き方法を以て、遊技客にパチンコ遊技をさせたことはこれを認めることができるが、被告人が右の如き行為をするについて法第二条第一項の許可を受けたことは何等これを認め得べき証拠なく、却て被告人の先夫清治が長野県公安委員会の許可を受け、同人名義でパチンコ営業をしてきたが、昭和二十六年十二月頃被告人と協議上の離婚をなし、同人は右営業の廃業届をしないで長野県諏訪郡諏訪町の実家に戻つたので、被告人が更めて許可を受けることなく引続きこれを継続してきたところ、原判示期間に亘り原判示の如き方法を以て遊技客にパチンコ遊技をさせていたことが明らかである。故に原審の認定が被告人を法第二条第一項の許可を受けた営業者と認めた趣旨だとすれば事実の認定を誤つたものであり、若しまた被告人は法第二条第一項の許可を受けないで事実上原判示のようなパチンコ営業をしたことが、法第三条、条例第十八条に違反するとした趣旨だとすれば、法令の適用を誤つたものであり、いずれにしても右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、本件控訴は理由があり、原判決は刑事訴訟法第三百九十七条により破棄を免れないが、記録によると叙上説述した如く被告人は法第二条第一項の許可を受けないで、原判示期間パチンコ営業をしたことが認められ、而して右事実と本件起訴状に記載された訴因とは公訴事実の同一性を害しないものと認められるから裁判所は検察官に対し、被告人に対する訴因及び罰条を、法第二条第一項違反の訴因及び罰条に変更を命じ、検察官をして右の如く変更せしめた上、審理判決をなすべきである。仍つて刑事訴訟法第四百条本文に則り本件を松本簡易裁判所に差し戻すこととし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 小中公毅 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

控訴趣意

第一点扨て本件被告人に対する訴因即公訴事実を按ずるに同被告人は風俗営業者即パチンコ遊技場経営者として起訴されて居るが同営業者たらん為にはその前提要件として風俗営業取締法第二条に基き長野県公安委員会に対し右被告人は営業者として許可申請の手続を為して被告人名義の許可を得なければならぬ而してその許可を得始めて同取締法に所謂営業者たる身分を獲得し茲に同法の取締の対照者となる事は自明の理である而して同被告人が本件公訴状記載の如き遊技者に対し著しき射幸心をそそるような行為が現実にあつたとせば或は被告人は処罰せらるべき対照になる虞なしとしませんが本件営業は被告人の先夫である赤池清治が昭和二十六年六月十四日長野県公安委員会に対し許可申請の手続を為し同委員会から同人名義で許可を得同人は従業者を雇傭し自ら同営業に従事して居つたもので被告人は家族として右清治と同棲し居つたに過ぎなかつた然るにその後被告人は前記清治とは性格の合はぬ処から昭和二十六年十二月二十八日協議上の離婚を為し右清治はその時から長野県諏訪郡下諏訪町の実家に戻りましたが同人は右営業に付前記公安委員会に廃業の手続も為さずに放置し被告人方に一切出入をせずその侭となつて昭和二十七年七月になつた次第である。

第二点処で被告人は如前陳右清治と昭和二十六年十二月二十八日に離婚するに際しては同人名義の本件営業は将来如何すべきや即ち清治の営業名義を取消し被告人名義に変更し同営業を継続すべきや否等の問題に関しては何等の協議を為さずその侭実家に戻つたものである而して被告人としては同営業を自ら継続し行かんとせば先づ清治をして同人名義の営業を取消し廃業せしめ改めて被告人は自ら前記取締法第二条に基き前記公安委員会に対し同営業の許可申請の手続を為しその許可を得たる後に始めて同営業を継続し行くべきものであつたが女性の事とて右手続を為すべき事に気付かず善意の下に自己の生活を維持する為にその侭昭和二十六年十二月二十九日以来昭和二十七年七月二十九日迄営業を無許可にて継続し来たもので本件に付警察官の注意を受け始めて気付き大に驚き直に右公安委員会に対し許可申請の手続を為し同年同月三十日その許可を得たものであります。

第三点然るに本件公訴事実は被告人はパチンコ営業者として昭和二十七年四月二十一日から六月初頃迄の間云々と記載してあるが本件の営業者とは已述の如く公安委員会に対し正規の手続を為しその許可を得たものに限定されあります事は前記取締法第二条に明記しある条文の文意及び風俗取締法施行条例(昭和二十三年九月八日長野県条例第八十一号)第十八条の趣旨等を考慮せば明白でありますと同時に右営業を為さんとする者は絶対に許可を要するものなることは同取締法附則第五号に依つて疑を挿む余地はない要約するに被告人に於て右営業の許可を得乍ら本件の如き行為が現実にありとすれば同取締法第三条第七条第二項右施行条例第十八条を適用処断すべきである然るに被告人は無許可にてパチンコ遊技場営業を為し居つたものであるから同法第二条第七条第三項により処断すべく訴因の変更がないので第一審判決は無罪にすべき事茲に出でず軽視して本件公訴事実を認め被告人に対し有罪の判決の言渡をしたのは事実誤認の甚しきもので被告人に対しては右判決を破棄し当然無罪の判決を言渡すべきものである。)

(その他の控訴趣意は省略する。)

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